花呆け田畑佐和子

絵と短歌 田畑佐和子

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けやき

ぬれぬれと
欅若葉の濃淡は
気ままな「春」の筆跡なるらん

美しき
木は数あれど冬の陽に
映ゆる欅をまずは挙げたし

逝く日には
思い浮かべむ冬空に
ほの赤らめる欅のこずえ

ひそやかに
鳴き交わしつつつがいなる
目白が木瓜ぼけの蜜を吸いおり

ケチョケチョと
口ごもりいし鶯の
今朝完璧に鳴けば嬉しき

くりかえし
見る夢の街いずくとも
知れず人無く桜咲き満つ

伯母を見舞う

聴かぬ気の
少女の我にいつの日も
優しかりしを恍惚の伯母

すでにして
なべての記憶砕け散り残る
優しき笑みの残照

いたいけな
幼児の笑みを浮かべたる伯母よ
思い出はすべて廃墟に

一九九五年 アメリカ

異国にて
教授テニュアとなれる古き友
「きかん気女生徒」の
かげ消えやらず
(ミシガンにて)

一九九七年

めでたくも
なけれど五十九の誕生日
シンビジウムがやっとほころぶ

古庭の
しでこぶしついに枯れしとは
わが誕生日に必ず咲きしを

早稲田学生と

中国に
興味津々の君なれば
もう少し試験の方もがんばれよ

「先生の雑談が好きだ」
という学生 惜しいかな
試験の方はまるでだめ

授業後に
われ呼び止めて語りかくる
学生の顔みな愛らしき

シューベルトの
歌曲のごとき清燈せいちょう
冬に入りたるキャンパスを歩む

教室に
いちょう黄葉もみじは照り映えて
若き黄金こがねとき は過ぎゆく

黄金の
秋晴れの朝若きを教室に
かく縛れるは憂き

下り行く

久々に
家族揃いて香りよき
ダテ茶豆たちまち売り切れとなる
(息子夏休みで帰省)

喧騒の
街より娘の電話あり
今日も一人の食卓となる

弾きなずむ
一つのパッセージくりかえし
かたくなに母を疎む娘よ

焦げつつ
転落しつつ暗み行く
雲よ終りはかくも慌ただし

来年は
講師定年保険料も
ただになるという少し寂しい
(東大講師定年に)

勤めの日々
閉所恐怖に悩みしを
羨まし海外留学の彼
(長期留学休暇制度新設)

八千穂 一九九七年

くりかえし
同じはかなき夏の花
描きて過ぎぬ山荘二十年

「スミレ咲く
春のあしたに死なまほし」
甘いカンツオーネ口ずさむテラス

いくとせか
窓閉ざされし山荘に
灯点ひともるを見し宵の嬉しさ
(ふるい隣人と再会)

年ごとに
ときの歩みは速まりて
夕べの雲はいよよ美し

季節ごと
感動はつねに新しく
飽くこともなし老い就くときも

豪奢なる
黒ビロードのアゲハ蝶
見よとばかりにくりかえし過ぐ

雲間より
漏る月かげに唐松の
森うす墨に浮かび出で来る

八千穂 
一九九八年 五月に

この山荘
只今俺の縄張りと
やかましいまで郭公かっこうが鳴く

雨止んだ
とたんに鳴き出す春蝉は
指揮者のいない大合唱団

好きな絵(モネ)

虹色の
光を吐きて空と水
溶け合うきわに睡蓮の咲く

フランスは
いまなお遠し花満てる
モネの庭歩む夢は消えざる

ジベルニーの
庭を見たとてモネの描く
色の魔法が解けるでもなし
(でも行って見たし)

などかくも
心打たるる海際の
崖の小道を描きしモネの絵

モネの絵に
心ふるえて見入るとき
年経て変わらぬ我と思えり

精妙に
透ける光を描きし画家 
眼を病みたれば焦げしその色
(晩年のモネ)

花開く
杏のかなたのエメラルド 
光満つ日本の空へのあこがれ
(ゴッホの杏の花)

一九九八年 街角で

遥かなる
農耕民のすえなれば
ハンカチほどの地も植え満たす

びっしりと
土なき街に鉢並べ
農耕民の心消え果てず

梅の香の
ただよう街をめ来れど
母はいまさずさびしこの街

ラーメンの
あとで続けて五六本
煙草吸ってる老女が一人
(目白・揚子江にて)

茫々と
淡き明かりのにじむごと
えんじゅ並木は花咲き続く

日本語とは
論理の行方知れぬまま
手ぶりのよさに魅せられるもの

春の日の
うつろいゆけば描きかけの
花にも滲む蒼き夕かげ

高原の
厳しき冬を耐えて咲く
ハーブの花の色胸に沁む

送られし
菜よりこぼるる唐松の
葉よ高原の秋は去るとか

コーラス部
なんとか維持してクリスマスの
演奏会を開く嬉しさ

年ごとに
メンバー減りて残れるも
老いくされど歌い続けん