花呆け田畑佐和子

絵と短歌 田畑佐和子

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一九九九年 正月

すがすがと
和服姿でリビングに
雑煮よそいし母よなつかし

年末は
家事のかたまり正月は
ただ追憶に過ぎゆくばかり

さりげなく
賀状に添えた短歌から
その人らしさがしたたっている

しみじみと
老いのさみしさ詠みし歌 
賀状にまじる歳となりたり

すなおなる
心のままに詠みたれば
うつくしと見ゆ老いの嘆きも

「郷愁の目白思えば
そこにいつも貴方がいる」
と友の賀状に
(佳子さん)

「最近は
地球の回転がやけに速い」
と書き来し同期の友に共感す
(しげこさん)

情趣ある
言葉さがしてこれからの
老いのさびしきをも詠まん

足早に
刻はうつろう朝も夜も
ただひたすらに終りを目指して

ノロノロと
歩む老女を追い抜いて
「失礼、
わたしもすぐに抜かれます」

絵を描く

ようやくに
構図きまりて広げたる
画帖にこまかき木の花が散る

盲人が
手さぐりに花をうつすという
記事あり我も目を閉じて見むか

小旅行

学ぶとも
遊ぶとも区別つきがたく
集えば楽し我ら「四人組」

あれこれの
日々の煩いを脱ぎ棄てて
軽き旅装の女集える

退きし
女集いて旅ばなし
残りの日々よ楽しかるべし

遺されし
日はいくばくぞ職退きて
よき友と旅に出るは嬉しき

久びさに
山靴履きて音高く
霜柱しもばしら踏み登る楽しさ
(箱根金時山に登る)

中国の旅 上海周辺の水郷
「周圧」「朱家角」

人も舟も
古び黒ずめど船頭は
「東洋のベニスさ」と胸を張りたる

古きもの
かくも懐かし人集い
苫舟とまぶねに群れて橋くぐり行く

朽ちかけし
家と古びし橋ゆえに
人ら寄り来て賑わいをなす

古きもの
なべて小さく美しや 
今はびこるは醜き大物

「紹興の
秋瑾しゅうきん記念館館長は
亡き父そっくり」と友のつぶやき

八千穂キャンプ場

うつぼぐさ、
ぎぼうし咲けるキャンプ地に
画材背負いて歩み入りたり

童謡の
歌いしままの清らなる
流れに子らはたわむれており

白樺の
枝にTシャツ干し並べ
キャンプの親子何か食べている

たっぷりの
水に溶きたるグリーンを
まずさっと刷こうキャンプ地の写生

八千穂からの野菜

高原は
ようやく盛夏に入りたるか
噴き出すように青菜送りくる

ほんのりと
甘い花豆高原の
短き夏を惜しみつつ食む

母の忌

浜木綿に
雨降りそそぐ母の忌の
一日あまりにく暗みゆく

かくばかり
寂しくもあるか夕闇の
くりやに立ちて母を思えば

大手鞠おおでまり
咲く花かげに佇めば
遠きものふと近づく気配

二〇〇〇年

元旦の
雑煮にすがし三つ葉の香 
父母有りしかの日ちくる

堅干しの
にしんを煮れば細ぼそと
生き残りたる昔の日本

消えかかる
日本の味をいとしみて
堅干しにしん昆布巻きを作る

新年に
夫の親族をまず招く
父系伝統のこの根強さよ

日本人に
「節約遺伝子」ありという新説
聴いてやや納得す

初耳の
日本人「節約遺伝子」説
わが家系にもあてはまりそう

夏、八千穂

この春も
花を見ざれば卯の花の
青き実ばかり挿してみており

ひさびさに
うまき眠りの後味を
惜しみつつ聴く春蝉の声

ジャワ更紗

ジャワ更紗
なれをまといてこの年も
酷暑凌ぎぬありがたきかな

炎熱の
日々思いつつ念入りに
更紗をすすぐ清涼の今朝

夏の汗
すすぎおとしてさらさらと
風に吹かれる更紗はうれし

二〇〇一年 目と指

老眼に
ムチ打ち中国語読むわれに
「茨の道ね」と娘が笑う

やや長く
読み続ければしくしくと
まなこ痛みて老い就きにけり

「水晶体
すっきり澄んでいますよ」
と眼医者はわれに微笑んで言う

かがまりて
伸びぬわが指を「スワンネック」と
名のみ優しく呼びぬ外科医は

わが指は
老いかがまりぬこれからこそ
ピアノ・ワープロ叩かんものを

「関節の 軟骨老化で
すりへって 痛むだけのこと」
と医師はサラリ言う

二〇〇一年 三月
《はまゆうホール》完成

六十路むそぢ超えて
グランドピアノ」と笑うなかれ
幼き日よりわが夢なれば

父母の
いませし庭に帰り来て
慈しみ受けし花と語らふ

ようやくに
夢叶いたるこのホール
いざ春の花競いて咲けよ

二〇〇三年 二月
学生との別れ

勉強の
出発点の学生らと
今日が最後の授業をしている

鈴なりの
ギンナンを横目で楽しみつ
繰り返させる「四声」の発音

花に寄せる

巨木なす
木犀もくせいの根元 うるし
流せるごとく花散り敷ける

葉も枝も
無しとばかりにくれないの
小山をなして満開の躑躅つつじ

珍しと
いうにあらねどアジサイの
藍の深きに足止めており

とりどりの
色に咲きいでしアジサイを
配色よろしく束ね贈らん

あまりにも
遠く来すぎたアジサイの
変化へんげの果てを妖しとも見る

キンラン 
津田塾に通う道で

武蔵野の
遠き記憶の一ひらを
抱きて咲けるキンランの花

滅びたる
野のひそやかな片隅に
キンラン咲くを見し嬉しさよ

伐られたる
常盤木ときわぎの枝激しくも
匂いたるかの遠き日忘れず

伐られたる
ヒバの小枝の香を吸うと
踏み踏み行きぬ幼き我は

空襲で焼失した目白の家で、庭木の剪定をした時のあの匂い(!)

二〇〇四年
唐三彩の展示を見て

賑わいの
唐の都の道の辺に
もの思いつつ酒飲む胡人
(飲酒胡人よう

賑々し
楽を奏でる胡人らは
駱駝の背よりこぼれんばかり
(駱駝楽人傭)

筋肉を
あらわに見せて肌脱ぎの
胡人は馬上にふんぞり返る
(騎馬胡人傭)

いにしえの
唐の都に笛吹ける楽女は
優し膝折りて座す
(楽女傭、隋代)

馬尻に
飛びかかりたる豹を打つ
狩猟胡人の顔猛々し
(騎馬狩猟傭)

颯爽と
馬上に笑むは唐乙女 
最先端のいきな服着て